【永平寺 参禅体験】其の弐「曹洞宗大本山 永平寺」

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参禅体験に参加する前に、「永平寺ってどういう寺院なの?」ということを知っておくことが何より大切。其の弐では、曹洞宗大本山永平寺の歴史や思想について、簡単にご紹介させていただきたいと思います。僭越ではありますが。

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永平寺は、福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗の寺院で、横浜市にある總持寺と並んで日本曹洞宗の大本山として、両大本山といわれています。道元禅師によって、日本曹洞宗の第一道場、出家参禅の道場として、開山されました。山号を吉祥山と称して、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏としています。

道元禅師は、1223年(鎌倉時代)に宋に渡り、曹洞宗の天童山景徳寺の如浄禅師に入門しました。ひたすら「坐禅」に打ち込む「只管打坐(しかんたざ)」を強調した如浄禅師のもとで悟りを開き、その仏法を嗣ぐことを許され、1228年に帰国しました。

道元禅師は教義において、このように主張しています。

成仏とは一定のレベルに達することで完成するものではなく、たとえ成仏したとしても、さらなる成仏を求めて無限の修行を続けることこそが成仏の本質であり(修証一如)、釈迦に倣い、ただひたすら坐禅にうちこむことが最高の修行である(只管打坐)。

帰国後、道元禅師は深草(京都)に興聖寺を建立しましたが、旧仏教勢力の比叡山からの激しい迫害に遭ったため、信徒の1人であった波多野義重の招きによって、1243年に越前国に向かいます。そして、翌年、傘松峰大佛寺(さんしょうほうだいぶつじ)を建立しました。

これが永平寺の開創であり、1246年に山号寺号を「吉祥山永平寺」と改めています。
寺号は、中国に初めて仏法が伝来した後漢明帝のときの元号「永平」が由来となり、「永久の和平」を意味しています。

その後、永平寺の寺勢は衰えたものの、5世義雲が再興して、現在にいたる基礎を固めました。1340年には兵火で伽藍が焼失、1473年、応仁の乱の最中にも焼失、その後も火災に見舞われたため、現存の諸堂はすべて近世以降のものとなっています。

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また、道元禅師は、すべての日常行為に坐禅と同じ価値があり、禅の修行として行うことを説いていることから、「雲水(うんすい)」と呼ばれる修行僧の方々は、永平寺での日常行為はすべて坐禅と同じ心でつとめ、修行としてそれを実践し続けています。

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以上、曹洞宗大本山永平寺のご紹介でした。

参禅体験では、ただひたすら坐禅にうちこむ「只管打坐」に加えて、「日常行為はすべて坐禅と同じ心でつとめ、修行としてそれを実践」する体験をさせていただきました。今でも、日常生活の中で、ふとその教えを思い出し、自らを省みることがあります。短い期間ではありましたが、とても大切な学びをいただいたと感謝しています。

次の記事【永平寺 参禅体験】其の参「3泊4日参禅ざっくりスケジュール」

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コメント

  1. ゆう より:

    参考になりました。
    やはり「正法眼蔵」は多少は理解しておいたほうが良い感じでしょうか?

    • meg より:

      私はもともと学生時代に少し勉強していたのですが、参禅中にも簡単な教義を受けることができます。
      必須ではないと思いますが、禅思想について理解しているとより入ってくるかもしれませんね。

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