[my note] 30代オンナの決意〜退職から世界一周へ〜

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一人旅をしていると、「寂しくないの?」と聞かれることがよくあります。一人旅をはじめたのは、大学1年生の夏からでした。学生時代は青春18切符で日本国内を縦断したり、北は礼文島から南は波照間島まで旅をして、金沢や西表島では住み込みでユースホステルのスタッフとして働くこともありました。社会人になると、学生の頃のような長期休暇はありませんが、夏休みや連休などを利用して、できるだけ海外に一人旅へ出かけました。もちろん友人や家族と楽しく旅行することも好きですが、それは一人旅とはまったく意味合いが異なるものです。私が一人旅をする大きな理由は、新しい発見や価値観の変化を求めることよりも、日々の流れの中で見失いそうになる自分を取り戻すことにあります。誰も自分のことを知らない世界だけが、 本当の自分を教えてくれて、自由を与えてくれるように感じていました。

私が就職活動をした2004年は、バブル崩壊からの就職氷河期が続いていましたが、第一志望だった企業に有難く内定をいただくことができたのは夢のようでした。入社後も上司、同僚、同期に恵まれて、自分には勿体無いぐらいの環境の中で、大好きなもの(お酒!)を仕事にできることは本当に幸運でしかなく、そんな自分を包み隠すことなく、日頃から愛社精神の塊のようなことを公言していました。でも、いつからかその環境が本当に自分の居場所なのだろうかという違和感が生じてきました。それでも、今の仕事は天職に違いないと自らを鼓舞することもあれば、考えて考えて、そのまま朝を迎えることもありました。恵まれた環境では「いつか」は「いつか」のまま終わってしまう。そして、いつか、新しいスタートを選ばなかったことを、大好きだった会社のせいにしてしまうのではないだろうか。運命を導く神様がいるとすれば、きっと神様は私を考えることから逃がさなかったのだと思います。そして、2013年11月末、社会人10年目に決意しました。

「1年後に会社を辞めよう。」

想像しました。1年後には会社にいない。お給料もなくなる。不安に陥るだろうか。でも、そんなことを考えながら、「次は何をしよう」「私は何になりたいんだろう」、子どもの頃に「将来の夢」を夢見たこと以来のワクワクが止まらなくなりました。それでも、日々の仕事に追われていると、具体的な収入のイメージを持つことなく会社を辞めていいのか分からなくなることもありました。退職を決意した以前にも増して、眠れない夜も増えて、仕事に向かう姿勢も中途半端になりつつある自分をリセットしたくて、2014年8月、フランクフルトへ一人旅をしました。観光スポットを訪れながらも、ひたすらフランクフルトの街や川沿いを歩いたり、公園で過ごしたり、バーで飲んだり…とことん自分と向き合った1週間でした。そして、すべてを受け入れる覚悟ができました。

ドイツから帰国した翌日、会社に出勤して上司から不在中の引き継ぎをひと通りしていただいたあと、退職を申し出ました。これまで微塵もそのような話をしたことがなかったので、急な申し出に驚く上司に対して、正直、取り繕ったような理由を並べることが精一杯で、上司にも同僚にも後ろめたいような気持ちがありながら、「ここが居場所ではない」という想いだけに突き動かされていたように思います。帰宅して、会社に退職を申し出たことを母に伝えると、「そんな気がした」と微笑みました。さすが我が母だとあらためて存在の大きさが心に沁み入りました。

退職を決意してから1年5ヶ月、退職を申し出てから7ヶ月、最後は1日も有休を消化することなく、2015年4月末、11年間勤めた会社を退職しました。よく20代はあっという間なんて言われますが、私にとっては本当に色濃く長い10年だったと振り返ります。学生から社会人になり、大きく広がった世界にはとんでもなく楽しいことも苦しいこともたくさんあって、笑って泣いて、これでもかというほど必死に生きた20代でした。そんな環境を与えてくださったすべての方々に感謝してもし尽くせません。30代を迎えて、周囲の友人たちも結婚や出産など大きな決断をしている中、私自身もう少し落ち着いた大人になっているのかと思いましたが、独身の私は「退職」というこれまでの人生で一番大きな決断をして、10代、20代の頃の好奇心を上回るかのように世界一周することとなったのです。

前述のとおり、私は世界一周するために退職したわけではありません。在職中から、次は別の仕事をするか、専門的な勉強をするか悩んでいました。でも、どちらにするにしても、就職してからの11年間は空白なく働いてきたので、せっかくだから2〜3ヶ月ぐらい旅しようと思い、行きたい国をあげてみました。ミャンマー、インド、アイルランド、ポーランド、ブラジル、キューバ、ジャマイカ、トリニダード・トバゴ…。全部行けるのかなと世界地図を眺めながら、それぞれの国をプロットして繋いでみると、なんとなく世界一周が描けました。そうなると、これからの仕事や勉強のことはさておき、世界一周の旅に出ることで頭の中がいっぱいになって、まずは期間を決めずに旅に出よう!とワクワクが止まらなくなりました。そして、その旅で何を得ることができるだろうと考えはじめました。

「勉強なんてできなくていいから、人としてちゃんとしなさい。」

小学生の頃、学校に行く前に家の仕事をしないで、母に怒られたことがありました。子どもにとって、学校に遅刻することは一大事で、泣きながら家事をしたことを今でもよく覚えています。このときだけでなく、いつも母は「勉強なんてできなくていいから、人としてちゃんとしなさい」と言いました。両親は共働きだったので、平日の帰宅は夜遅くでしたが、休日になると歴史的な建造物や美術館、博物館に連れて行ってくれて、子どもながらに感じたことが多くありました。家では祖父母から語り継がれた戦争のことや政治についても話をしてくれました。ごく一般的な家庭であるけれど、両親は日本の在り方に意見を持っていて、国政について話す姿、選挙は欠かさず投票に行く姿を見て育ちました。子どもの頃から芸術や文学、歴史や政治に関心があったのは、そうした環境で育ててもらった影響かもしれません。

これから先、どんな仕事に就こうとも、どんな人生を送ろうとも、日本国民として、地球で生きる一人の人間として、意見を持てる人間でありたい。それはどこかで演説をするような話ではなくて、社会人として議論できること、もし子どもを持つことがあれば、「お母さんはこう思う」と家庭できちんとお話しできること。今の日本の役割はどこにあるのか、海外からはどう見えるのか、世界の歴史を振り返りながら、リアルな世界を自らの五感で体感したいと思いました。稚拙な表現になってしまうけれど、世界一周の旅をすることで、自分をレベルアップさせたいという想いが強くなりました。

2014年にフランクフルトを訪れたとき、ふと見上げた建物に描かれていたウォールペインティング。「Herakut」というアーティストの作品で、圧倒的に惹かれました。印象的な人物像と並んで、目に止まったのは「There is something better than perfection(完璧さよりもっと良い何かがある)」という言葉。今回の旅でも同じ場所で、同じ作品を眺めながら、1年前の私は企業勤めのサラリーマンだったけど、今の私が属しているのは戸籍ぐらいだなぁと、なんだか可笑しくなりました。

義務教育を受けて、高校から大学へ進学、願ってもない企業に就職、ハイヒールが似合うキャリアウーマンになって、定年まで第一線で勤めていく…それが「完璧」な人生だと思い描いていました。親の期待通りに育ったかは分からないけれど、それを裏切ってしまうかもしれない自分勝手な決断、30歳を過ぎて理想としていたレールから外れる感覚、人生でまさかという事態を自分で起こしてしまう。でも、これからどんな未来が待っているか分からないけど、より良い人生が待っているに違いないという何の根拠もない確信がありました。それは、旅をしたからこそ会得したこともありますが、大多数が正解とする「完璧」を目指した価値観に縛られることなく、「人生を誠実に生きる」という自分らしく生きるための新しいテーマを見つけることができたからです。誰と比較することなく、自分に嘘をつかず、正直に生きることで、自分自身を解放しながら、これからの人生を柔らかく歩いていこうと思っています。

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