ドイツ連邦共和国 基本情報

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国名:ドイツ連邦共和国(Federal Republic of Germany)

面積:35.7万平方km(日本の約94%)
※ベルギー・オランダ・ルクセンブルク・フランス・オーストリア・スイス・チェコ・ポーランド・デンマークの9カ国と国境を接する

人口:約8,177万人(2015年)

首都:ベルリン(約348万人,2015年末)

民族:ゲルマン系を主体とするドイツ民族(在留外国人数約911万人,2015年末)

言語:ドイツ語

宗教:カトリック29.9%、プロテスタント28.9%、イスラム教2.6%、ユダヤ教0.1%

政治:連邦制、議院内閣制、代表民主制の連邦共和制。
連邦大統領は国家元首であり、主に儀礼的な権能のみ与えられている。任期5年。連邦議会議員と各州議会代表とで構成される連邦会議によって選出される。現在はフランク=ヴァルター・シュタインマイアー連邦大統領(2017年-)。
大統領に次ぐ序列は連邦議会議長。連邦議会によって選出され、議会運営の監督責任を持つ。
序列第三位、政府の長となる地位が連邦首相。連邦議会で選出された後に、議長によって任命される。任期4年。行政府の長として行政権を執行する。現在はアンゲラ・メルケル連邦首相(2005年- 2013年12月より三期目)。
議会は連邦議会と連邦参議院の二院制。連邦議会定数は598議席、調整議席を含めて、現在630議席(直近選挙2013年実施)。任期4年。小選挙区制を加味した比例代表制の直接選挙により選出。連邦参議院定数は69議席。各州政府の代表(州首相及び州の閣僚)により構成。

通貨:ユーロ (€/EUR)US$1≒€0.93、1€≒119円(2017年3月30日現在)

チップ: サービス料が含まれているレストランやホテルなどの料金には、チップは不要。ただし、サービスに対する感謝の意として渡す習慣がある。
【レストラン】会計の5~10%程度になるように、おつりを切り上げて渡すか、おつりの小銭をテーブルに残す。
【ホテル】荷物を部屋に運んでもらったり、ルームサービスなど頼んだときは€1~2渡す。ベッドメイクは不要。
【タクシー】料金の5~10%程度になるように、おつりを切り上げて渡す。スーツケースなど大きい荷物をトランクに入れてもらった場合、€1~2多めに渡す。
【トイレ】掃除の人が座っている場合は€0.30程度(金額が指定されていることも)。

時間帯:UTC +1(DST:+2)日本の時差は-8時間(サマータイム中は−7時間)

気候:ヨーロッパの中心に位置するドイツ。北部は海洋性気候、中・南部は大陸性気候に属する。夏は湿度も低くさわやかだけど、山岳地帯の冬はかなり厳しい寒さになる。
バルト海周辺は、夏はかなり暖かく、冬は雲が垂れ込め気温も下がる。ドイツ南アルプス地方のより標高の高いところでは、一年中かなり冷える。夏は涼しく、冬は気温が氷点下になり、降雪量もかなり多い。

◆日独関係(Wikipediaより抜粋)
・1603年-1870年
江戸時代に来日したドイツ人の一人に、徳川綱吉とも会見した博物学者エンゲルベルト・ケンペルがいる。日本に西洋医学を伝えたフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトもドイツ人であり、徳川幕府が崩壊した後も、日本人は盛んにドイツから医学を学んだ。
直接の外交関係は、1850年代にプロイセン王国の軍艦が品川沖に来航した事に始まり、アメリカ合衆国のマシュー・ペリーのように武力で外交を開こうとした。このため、1911年まで(即ち幕末から明治まで)の日独関係は、不平等条約で結ばれていた。

・1871年-1945年
1873年に岩倉使節団はベルリン、ハンブルク、ミュンヘンを歴訪。明治維新を経た1870年代から1880年代までの日本では、ドイツ帝国の文化や制度が熱心に学ばれ、近代化の過程に大きな影響を与えた。伊藤博文は、大日本帝国憲法の作成にあたり、ベルリン大学の法学者ルドルフ・フォン・グナイストとウィーン大学の法学者シュタインに師事、歴史法学を研究した。当時の東京帝国大学がヨーロッパから招聘した教員にはドイツ人が多く、哲学では夏目漱石もその教えを受けたラファエル・フォン・ケーベル、化学ではゴットフリード・ワグネルなどがいる。工学では、井上省三がザガン市のカール・ウルブリヒト工場で紡績の生産技術を学び、日本に伝えている。軍事においても、大日本帝国陸軍は、普仏戦争後、軍制をフランス式からプロイセン式へ変え、日露戦争の勝利に繋がった。
日清戦争後、ドイツはロシア帝国、フランスとともに日本に対し三国干渉を行った。さらに第一次世界大戦では日本が日英同盟により連合国側に与したため、ドイツ帝国など中央同盟国側と戦火を交えることとなった。第一次世界大戦敗戦後、ドイツ帝国は崩壊。ヴェルサイユ条約によって莫大な賠償金を課され、全植民地を喪失し、国内での軍事産業が制限された。そのため、ドイツはソ連や中国との密貿易関係を構築し、中独合作を行い、日中戦争では蒋介石政権に最新の兵器と軍事顧問団を送り込み、日本軍を苦しめた。一方、高度に軍事成長を果たす日本に対して、ドイツは脅威を感じていた。国際情勢の変動によって、1936年に日独防共協定を締結、日独両国は親近感を深め、1940年には日独伊三国軍事同盟へと発展。第二次世界大戦では枢軸国(同盟国)として共に戦うこととなった。

・1945年-現在
技術・経済面での交流は活発で、日本にとって欧州最大の貿易相手国となっている。特にドイツ車は高い人気を誇り、日本の輸入車の販売数上位3つはメルセデス・ベンツ、BMW、フォルクスワーゲンが占める。文化や制度の面では第二次世界大戦前ほどの影響力を持たなくなったものの、クラシック音楽ではバッハやベートーヴェンをはじめとするドイツ(およびオーストリア)の作曲家の楽曲が愛好されている。

・外務省HPより
日本とドイツは基本的価値を共有し、国際社会の問題に対し協調して取り組むパートナーであり、軍縮・不拡散やウクライナ情勢への対応、アフガニスタン復興支援,国連安保理改革などで緊密に協力。中東問題(イラン核問題、ISIL、アフガニスタン)等で方向性を共有している。また内政面では、少子高齢化対策、女性の活躍促進、エネルギー問題等、共通の課題も存在する。加えて、「日独フォーラム」等の民間有識者間の枠組みによる対話も活発に行われている。2011年3月の東日本大震災に際しては、ヴルフ大統領(当時)やメルケル首相を始めとする要人が、天皇陛下や総理大臣宛にお見舞いの書簡を送ったほか、在独日本大使館で弔問記帳を行った。

ドイツ連邦共和国(外務省HP)

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