アイルランド 基本情報

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国名:アイルランド(Ireland)

面積:7.3万平方km(北海道とほぼ同じ)

人口:約464万人(2015年アイルランド中央統計局推定)

首都:ダブリン(約127万人、2014年)

言語:アイルランド語(ゲール語)及び英語

宗教:約84.2%がカトリック教徒

政治:立憲共和制。元首は大統領で国民の直接選挙により選出される。現在はマイケル・D・ヒギンズ大統領(2011年就任。任期7年、最高2期)。議会は上院及び下院の二院制(下院優位、下院158議席(任期5年、解散あり)・上院60議席)

通貨:ユーロ (€/EUR)US$1≒€0.9、1€≒114円(2016年8月8日現在)。

チップ: レストランやホテルなどの料金にはサービス料が含まれていることもある。
【レストラン】サービス料が請求されないときに10~15%くらい。クレジットカードの場合は、伝票の合計額にチップ相当額を書き足して支払う。
【ホテル】ベルボーイやルームサービスに対し、1回につき€1程度。
【タクシー】運賃の10~15%程度。

時間帯:UTC ±0(DST:+1)日本の時差はー9時間(サマータイム中は−8時間)

気候:北海道よりも北に位置していますが、メキシコ湾からやってくる暖流の影響で、高緯度にも関わらず年間を通して穏やかな気候。ただし、1日のうちで天気が変わりやすいので、服装には注意が必要です。
・春(4月~5月):体感的には東京の3月頃の気候。長袖シャツに薄手のコートをはおる程度で対応できます。
・夏(7月~8月):最も暑い時期でも最高気温が30度を超えることはめったになく、日中は半袖シャツで過ごせますが、朝夕は冷え込むので長袖シャツを用意。
・秋(9月~11月):9月頃から徐々に気温が下がり始め、肌寒さを感じます。セーターやマフラーなどの防寒着が必要になってきます。11月にはコートが欲しくなる日も。
・冬(12月~2月):最も寒い1~2月は0度以下に冷え込むことがあり、防寒対策をしっかり。厚手のコートやセーター、肌着、靴下、マフラーは必需品です。

◆日アイルランド関係(外務省HPより)
伝統的な友好国(第二次世界大戦中、アイルランドは英連邦の一員であったが中立政策を維持)。東日本大震災に際し、アイルランド政府は、日本赤十字に100万ユーロを拠出するとともに、EUを通じて緊急援助物資の提供を申し出た。
日本とアイルランドは1957年に外交関係を樹立し、2017年には外交関係樹立60周年を迎える。同年には両国において様々な記念行事が行われる予定。なお、2007年1月よりワーキング・ホリデー査証制度が導入された。(2015年の実績:日本のアイルランド人に対する査証発給数は37、アイルランドの日本人に対する発給数は256。)
2013年6月、日本の現職総理として初めて安倍総理大臣がアイルランドを訪問。その後、同年12月ケニー首相が訪日。その際には、両国関係の強化・発展に向けた共同宣言(「イノベーションと成長のためのパートナーシップ」)が発表された。また、同年5月には下村文科大臣がアイルランド訪問、アイルランド側からは、同年3月ヴァラッカー運輸・観光・スポーツ大臣、7月ブルートン雇用・企業・イノベーション大臣、12月コヴェニー農業・食糧・海洋大臣が訪日。2014年2月にはバーク上院議長、同年3月にはフィッツジェラルド青年少年・児童大臣、2015年3月にはハウリン公共支出・改革大臣が訪日し、閣僚レベルによる交流も活発に行われている。

◆英アイルランド関係(Wikipediaより)
イングランド共和国初代護国卿オリバー・クロムウェル(1599-1658年)の侵略以降、民族や領域としての自治が剥奪され、アイルランドはイギリスが最初に支配した植民地となった。
経済基盤は弱く、アイルランド人の2/3は農業に従事していた。1800年代前半、市場において高く売買される農作物がイングランドに大量に移送される一方で、アイルランドからは食物が枯渇する「ジャガイモ飢饉」という社会問題となった。飢餓や貧困から逃れるために、多くのアイルランド人もアメリカ合衆国へと移住することになり、1840年に800万人を数えていた人口は1911年に440万人まで減少し、アイルランド語を話す人口も激減した。
ジャガイモ飢饉はイングランドにとっても深刻な社会問題として受け止められ、公共事業支援や食糧援助などが実施されたものの、貧困からくるアメリカへの移住など住民の離散を防ぐことは困難となり、イギリスで1840年代に沸騰していた鉄道バブルはこれにより崩壊した。
1919年から1922年のアイルランド独立戦争では休戦協定が結ばれ、英愛条約が締結された。アイルランド自由国が成立して独立戦争は終結したが、イギリス連邦下であることにも不満を抱く者は内戦を起こした。
植民地支配という歴史を背景に、今でも一部の住民の間では反英感情が強いが、ヨーロッパの経済大国であるイギリスはアイルランドにとって無視できない存在であり、経済的および人的交流は古くから盛んである。イギリス領北アイルランドではアイルランド帰属を求めてテロ行為を繰り返す過激派IRA暫定派などナショナリストとユニオニストとの紛争が起こっていたが、和平プロセスが進んでいる。
1997年にトニー・ブレア首相が100万の餓死者・100万の移民を出した1845年から1849年のジャガイモ大飢饉について「今日それを反省してみるにつけ苦痛をもたらすものであった」と実質的に謝罪を行った。1998年には北アイルランド和平合意が成立した。2005年、イギリス在郷軍人会アイルランド支部主催の第1次大戦戦没者追悼行事にアイルランド大統領が出席。イギリスへの協力者と非難されてきたアイルランド人兵士の名誉回復と追悼を訴えた。2007年、クローク・パーク競技場でのラグビー・シックス・ネイションズの試合、アイルランド対イングランド戦が行われ、イギリスとアイルランドの歴史的和解の象徴となった。この競技場は1920年の独立戦争のときイギリス軍がゲーリックフットボール観戦中のアイルランド人を虐殺した場所で反英闘争の聖地であった。

アイルランド(外務省HP)

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