[my note] 「ご縁に生かされている」ということ

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私にとって、旅先で友人に会えるというのは、とても特別なことです。意思を持って、お互いが連絡を取り合わないかぎり、実現することはありません。今回、訪れたバンコクでは、およそ2年ぶりに懐かしい友人と再会することができました。

友人が日本からタイに拠点を移して、新しい仕事を始めた頃、私はまだ会社員で、「いつかの休みに遊びに行きます!」というメッセージをやりとりしていました。それから時間を経て、私は当時の会社を退職して、友人も当初とは環境が変わっていて、そうした変化がありながらも、いつか話したとおり、本当にバンコクで会うことができました。お互いに「不思議だね」という言葉が自然と出てきます。

「さようなら」を言うとき、「また会いましょう」とはよく言うものですが、やはり時間は有限であることをつくづく感じてきた中で、お互いが会う努力をしなければ、なかなか実現には至りません。何でもそうですが、意思のない「そのうち」は永遠にやってこないのです。

あるときから、私は老若男女問わず、会いたい人にはできるだけ連絡をするようになりました。人見知りで生きてきた私には、とても勇気のいることです。でも、ときには連絡することを躊躇うこともあります。それも自然な感情なので、無理に行動を起こしたりせず、今は時期ではないのかなと考えます。それでも、ずっと心に引っかかっているのであれば、きっと連絡することになると思います。

そうして、自分から連絡したときも、相手は迷惑に感じていないかなとか、無理していないかなとか、憶測に憶測を重ねる日々を過ごします。本当に会えるときまで、とても緊張します。でも、会いたい人に会えた時間というのは、やっぱり幸せで、人生でとても貴重な瞬間だったと振り返ります。そして、それができるだけ自己満足にならないように、相手にも私と会って良かった、欲を言えば、また会いたいと思ってもらえるように、もっともっと自分を磨いていこう(できれば、面白い人間になろう!)と気が引き締まります。多くの意味で、会いたい人に会うことは、自分をステップアップさせてくれるものであり、偶発の出会いだけでなく、自らが呼んだ出会いもご縁の巡り合わせのように感じます。

一方で、特に旅をしていると多くありますが、現実的に再会することが難しい出会いもあります。長い時間を一緒に過ごしたのか、挨拶のように一瞬だったのか、いずれにしても、その出会いに感謝する気持ちに嘘はありません。潔い「さようなら」の言葉に「これからも元気で」と心を込めることも、一期一会への大切なケジメのように思います。また、結果的に悲しかったり、残念な気持ちになる出会いだったとしても、すべては成長に繋がるご縁だったと思うようにしています。

どの出会い一つ欠けても、今の私にはならず、なくてはならかなった出会いの積み重ねが、私の人生となって、ご縁に生かされていることへの感謝が尽きません。これからもたくさんの出会いに恵まれながら、旅を続けていけますように。

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